一般社団法人 コ・イノベーション研究所

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by 橋本 大佑(はしもと だいすけ)

東京都の障害者スポーツの普及に関する新しい事業について思うこと

障害者のスポーツ実施率向上には繋がると思いますがちょっと疑問

昨日、東京都が障害者スポーツの普及に関する新しい事業を発表しました。

(外部リンク)
障害のある方の継続的な運動を通じて健康づくりや日常生活の充実をサポートします!今年度新規事業:対象事業所決定、プログラム開始
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/07/06/11.html?fbclid=IwAR3zWIF4jM-YGBlp_i4ctWbQfhkhvJrsgWV485hp08KyYXXVFhTbJdhZ0gI

都内12の就労支援事業所を選定し、7つの指導団体が活動の企画や実際の事業所での運動定着を目的とした指導、そして恐らく障害者スポーツセンターなどの地域拠点におけるスポーツ体験の提供などを行っていく事業というように内容は取れます。

そして、公開されている資料の中に「事業所等における障害者の運動実施状況や課題等」というものがあり、ニーズや課題などがわかりやすくまとめられていて、この内容については、感覚的に共感できるものが多いです。

(外部リンク)
事業所等における障害者の運動実施状況や課題等
https://www.metro.tokyo.lg.jp/…/07/06/documents/11_03.pdf

この事業について思うこと

一応これから少し批判も含めたコメントをするので、その前にこの事業自体の新規性については、明確にしたいと考えます。

地方自治体である東京都が、直接障害児・者へのスポーツ普及(または普及による障害児・者のQOL向上)を目的とした事業を実施することには新規性があると考えます。

もちろん、各都道府県や市町村でも障害者スポーツ普及の予算と言うのは取られているとは思いますが、一般的には教室やイベントの実施などが多いと思います。
具体的に対象を事業所に絞り、この事業に必要なピースとして専門的な指導ノウハウがある団体をマッチングするところに直接予算が付くというのは、僕の勉強不足もあるかもしれませんが、他に例を知りません。

気になるのは、指導団体への対価がどの程度になっているかということです。

僕自身の経験から思うこと

10年くらい前ですが、年間に72本依頼を受けて指導した時期がありました。老人ホームから特別支援学校、障害者スポーツセンター、地域の障害児のサークルなど対象は多岐にわたりました。一人では対応できないため、10人程度の指導員を独自に研修して協力してもらい、72の依頼に対して延べ250人くらいの指導員を派遣しました。

依頼によっては報酬がないところもあったり、少しは出るところもあったりしましたが、僕は持ち出しでも、協力してくれる指導員さんには2000円~3000円は渡すようにしていました。
特別支援学校は、当時かなり厳しくて90分の指導の謝礼金が1,000円を少し超えたくらいだったりしました。

そんな経験をした立場から思うのは、これは予算の情報が公開されると見えてくるところと思いますが、指導団体への対価がどうなっているかというところです。事業として受けられるレベルに達しているかというところは、是非資料が公開されたときに確認したいと思います。

本当は指導団体の実績(運動の定着率や運動の実施頻度の向上等)によって成果報酬的に費用が変わったり、次年度以降にも新規団体の選定が行われたりする方が業界としてはいいのかなと思います。

特に、成果報酬を対価に加えるというのは単にスポーツ指導をすることではなく、運動の定着や個人のスポーツ実施率向上を将来的な成果として掲げる事業では有効ではないかと思います(なぜなら指導団体にその指標を達成しなければならないという圧が掛かるため)。

* 成果報酬型事業の例
そういった成果報酬型の事業としては都内では、八王子市ががん検診率の向上を目的とした事業で取り入れていたりします。

(外部リンク)
八王子市 大腸がん検診・精密検査受診率向上事業における ソーシャル・インパクト・ボンド導入モデル 最終報告書
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/…/SIB-final-report.pdf

東京都の障害者スポーツの普及に関する新しい事業についての疑問

さて、この事業に対して大きな疑問が2つあります。

先ほど紹介した資料の中で、この事業に期待することとして4つの項目が挙げられています。
①身体を動かすことが苦手な人も楽しんで前向きに取り組める活動
②周囲とのコミュニケーションや生活の質の向上、生活リズムの改善、体力や機能の維持
③体育館などの開放的な空間での運動はなかなかできないので、体験してみたい
④施設職員が支援スキルやノウハウを習得し、本事業以外の時間においても運動やスポーツを推進していけること

これを見て正直思うことは、こんな成果を実現するためのノウハウを持つ団体って本当にあるの?っていうことです。

どれ一つとっても非常にハードルが高いです。
この4つの要素を指導団体として事業所に関わる中で、どのように達成していくのかという論理的なロードマップを見てみたいというのが正直なところですね。

スポーツ体験でとどまってしまいそうな気がしますし、何よりこれを期待することに掲げるからには、それなりの評価はしてほしいと思います。これが1つ目です。

2つ目の疑問は、この事業がやろうとしていることが打ち手としてある程度の妥当性は持つだろうということは理解しつつ、心情的に納得できない部分があることです。

あまりにもスポーツ実施率を高めるために、直接的な手を打ちすぎではないかということです。
個人的にもスポーツに関わっている人間としてスポーツの効用は、それなりに理解をしているつもりです。そのスポーツの効用、もう少し言うとツールとしての有効性は対象が障害者になるとより大きくなると感じてはいます。

でも、最終的にスポーツをするかどうかの判断は、個人に委ねられるべきというのが僕の考え方の基本にあります。

障害者権利条約の中には「他の者との平等を基礎として」という言葉が繰り返し述べられていますが、障害があることによって、障害がない人と比較してスポーツを始めるためのコストが大きいことは解消すべき問題だと思います。

障害のない人と同程度の時間や金銭等のコストでスポーツが始められるようにはしなければなりません(なぜなら日本は障害者権利条約の締約国なので)。

ただし、そういった理想的な環境を作った上でスポーツをするかどうかという判断は障害の有無を問わず、個人に委ねられるべきと思います。

今回の事業では、対象となる事業所においてスポーツプログラムが実施されていくことになります。

そういった事業所の中にはスポーツをしたくないと感じている人もいるでしょうし、プログラムに参加することでスポーツへの苦手意識を再認識する人もいるのではないかと思います。

スポーツプログラムへの参加は自発的にするなど、10回も介入するということなので段階を踏んで、全員一律にプログラム導入をしないような丁寧な取り組みをしてほしいと願います。

この記事を書いた人

橋本 大佑(はしもと だいすけ)
筑波大学で障害児教育を学んだ後、渡独して現地日系企業(THK株式会社)に勤めながら障害者スポーツを学ぶ。2009年に帰国し、障害者の社会参加を促進するためのスポーツを活用した事業を実施。2016年より現職。国内外で共生社会や障害者スポーツ指導者養成に関わる講習を行う。また共生社会の実現に向けて企業を対象としたセミナーやコンサルタントも行う。
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