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by 橋本 大佑(はしもと だいすけ)

シン・ウルトラマンを観ました

シン・ウルトラマン観ました。というか公開2日目に観たのでもう結構前です。

僕は80年生まれで、ちょうどウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズのない時代に育ちました。実家にあったウルトラ兄弟もののビデオをよく観ていて、大人になってからは面白いと聞いてウルトラマンとウルトラマンセブンは全部観たというくらいの距離感です。

今回の作品については、冒頭でたくさんの小ネタや原作への愛にテンションがすごく上がったのですが、それが後半に向けてどんどん失速していったという感じです。小ネタについてはネット上にたくさん紹介されているのでここでは割愛しますが、シン・ゴジラのときは製作陣がそんなにゴジラに思い入れがなかったので大幅なアップデートができたと思うのですが、今回は愛が強すぎて原作リスペクトに留まってしまったなという感じです。

実はシン・ゴジラよりも制作費がなかったり、もともと三部作の予定がこの一本になったりと製作は厳しかったようです。それを差し置いても一番のれなかったところは、「怪獣を戦略兵器にした」ところですね。
特に初代ウルトラマンにおいて怪獣って煩悩の化身として描かれていたと思うのです。対してウルトラマンは光の国から人々を救いに来た見返りを求めない無償の献身と愛を届ける存在であり、菩薩的ですよね。ウルトラマンはこども向けとは言いますが作り手の精神には日本古来の仏教哲学があったと考えます。

実際に初代ウルトラマンでは怪獣を倒さないエピソードも結構あり、怪獣は単なる悪の存在として描かれていません。特にジャミラの回なんかは怪獣にこそ感情移入したりするように作られていますし、どの怪獣を観ても基本的には単一種族で世界で最後の生き残り(子孫を残して繁栄できない)という悲哀もあります。自分の居場所を確保するために暴れるくらいするでしょう。なので単に倒すだけの存在ではないんですよね。

庵野監督は本当はウルトラマンを作りたくてエヴァを作った人と理解していますが、確かにエヴァの中で描かれる使徒は感情のない戦略兵器(固定された目的を達成するためにだけ活動する存在)であったなとも思うわけです。

先日「正欲」の紹介で「本来無一物」を紹介しましたが、清浄なものも煩悩も同じ根源から生まれたもので、という考え方はかなり初代ウルトラマンにも反映されていたと思うのでそこが踏襲されなかったのはただ残念でした。

ハリウッド作品と日本作品の違い、特にディザスターものの差が大きくなった感じもしました。賛否ありますが、ハリウッド作品では立ち向かう一般市民や一兵卒が描かれます。対して庵野作品では立ち向かう政治家や官僚、つまり限られたエリートが描かれるんですよね。今回は長澤まさみと斎藤工は2人とも公安からの出向でしたしね。

いろいろ書きましたが、ウルトラマンが好きな人については、出だし10分が観られるだけで劇場で観る価値はあると思います。

世間で言われているところの長澤まさみセクハラ描写問題は僕もとても気になりました。後はIMAXで観たので、フィルムカメラとiPhoneカメラの画質の差がすごく気になりました。今回の映画ではiPhone0カメラが多用されており、その映像が大スクリーンで見ると結構粗いです。ですのでIMAXでの視聴はあまりオススメはしません。

月一回、全12話とかでテレビシリーズで作ってほしいなと思う作品でした。

この記事を書いた人

橋本 大佑(はしもと だいすけ)
代表理事
筑波大学で障害児教育を学んだ後、渡独して現地日系企業(THK株式会社)に勤めながら障害者スポーツを学ぶ。2009年に帰国し、障害者の社会参加を促進するためのスポーツを活用した事業を実施。2016年より現職。国内外で共生社会や障害者スポーツ指導者養成に関わる講習を行う。また共生社会の実現に向けて企業を対象としたセミナーやコンサルタントも行う。
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