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朝井リョウの「正欲」を読みました。ファッションとしての多様性へのカウンターパンチ

朝井リョウの「正欲」を読みました

ファッションとしての多様性へのカウンターパンチ

※このブログは2022年6月7日のFacebookの投稿に加筆修正したものです。

すごい本を読みました。

昨年から結構話題になっていましたが、ようやっと読了。

以前紹介した「桐島、部活辞めるってよ」の著者でもある朝井リョウの「正欲」を読みました。

映画でも小説でもアートでも、いいものというのは、鑑賞体験や読書体験をした後に読む前の自分に戻れないもの、新しい視点に気づいてそれを知る前の自分に戻れない影響を与えるものと考えていますが、正にそんな作品の一つになりました。

朝井リョウ自身はこの著書に対して次のようにコメントしています。

「生きることと死ぬことが目の前に並んでいるとき、生きることを選ぶきっかけになり得るものをひとつでも多く見つけ出したくて書きました」
その視点で読むと苦難の中にある一筋の希望みたいなものもいっぱい見つけることはできるのですが、世にあるファッションとしての「多様性」に対する強烈な著者からのパンチだとも感じます。気を抜いて読んでいるとズサズサと心に刺さる表現やセリフがたくさんあります。ちょっと紹介します。

・この世界が、【誰もが「明日死にたくない」と感じている】という大前提のもとに成り立っている。

・多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、がある~中略~これらは結局、マイノリティの中のマジョリティにしか当てはまらない言葉であり、話者が想像しうる”自分と違う”にしか向けられていない言葉です。

・私はあんたが想像もできないような人生を歩んでいるんだって叫び散らして、安易に手を差し伸べてきた人間から順に殺してやりたい。

・自分の抱えている欲望が、日々や社会の流れの中に存在している。その事実が示す巨大な生への肯定に、生まれながらに該当している人たちは気づかない。

・多数派であるということに安住し、自分と言う個体について考える機会に恵まれないのは、一つの不幸でもあるかもしれない。

・いま必要なのはきっと、どんな岸に立つ人でも見降ろせばその存在を確認できる、大きな大きな網だ。別の岸に飛び移りたいけれど距離があるからとためらうとき、もうどの岸からも降りてしまいたいと膝をつくとき、その足元に網が広がっていればどれだけ安心するだろうか。今の社会にはそれがない。だったらもう自分で編むしかない。一人では無理だから。誰かと。折角だから、もっと多くの人と。

・理解がありますって何だよ。お前らが理解してたってしてなくたって俺は変わらずここにいる。そもそもわかってもらいたいなんて思ってないんだよ。

・三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四であるように、”多数派にずっと立ち続ける”ことは立派な少数派である。

こんな感じで、特に後半は畳みかけるように刺さる表現が多いです。

東京パラリンピックの閉会式の絶望を思い出す

Facebookで僕がどんな表現をしたか詳細は忘れましたが、去年のパラリンピックの閉会式のパフォーマンスはかなり絶望しました。

特に第二幕のキラキラした世界には僕は入れないと感じました。あのシーンでは、マイノリティは多様性という価値のあるキーワードを充足するためのコマじゃない、と思ったり、カラフルであることはモノトーンであることより価値があるのかとも思ったり、一見多様に見える集団が存在するだけで多様性は担保されるのではなく、それぞれが自分が多様であることもアピールせず無理なく存在できる社会が多様性が担保される社会ではないのかと感じたりしました。この「正欲」はあの時のそんな気持ちを代弁してくれたようにも感じます。

あと、僕は自分がやっていることを「善いこと」「正しいこと」と思ったら終わりという考え方を持っています。それは独善的になることにもつながりますし、何より安易な思考停止だとも思うからです。ですので、このタイトルにもある「正欲」というテーマは非常に心に来るものがありました。

この本の表紙には地面に落下するカモが描かれています。きっとここには著者のいろんな想いがメタ的に投影されていると思います。ひとりで生きること、地に足がついてないこと、他者との摩擦がないこと。僕は、正しいと盲信して思考を放棄した人はまっ逆さまに地に落ちると受け取りました。

多様性がその言葉だけで有難がられる風潮があるのは確かだと思います。そういった時代においてこの本が投げかけているものに賛否があるのもわかります。

大事なのは「じゃあ多様性ってなに?」「誰もが(あくまでも社会的規範とされる範囲の中で)マイノリティであることをカミングアウトしなくても大きな大きな網の存在を感じられるってどういうこと?」というのを葛藤し、考え続けていくことなのかなと思います。

その葛藤への入り口としてこの「正欲」はとてもよいきっかけになるのではと思います。

作者は1989年生まれなので、この作品はきっと30歳前後ぐらいの人の方が響くんじゃないかなとは思いました。

この記事を書いた人

橋本 大佑(はしもと だいすけ)
代表理事
筑波大学で障害児教育を学んだ後、渡独して現地日系企業(THK株式会社)に勤めながら障害者スポーツを学ぶ。2009年に帰国し、障害者の社会参加を促進するためのスポーツを活用した事業を実施。2016年より現職。国内外で共生社会や障害者スポーツ指導者養成に関わる講習を行う。また共生社会の実現に向けて企業を対象としたセミナーやコンサルタントも行う。
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