一般社団法人 コ・イノベーション研究所

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by 橋本 大佑(はしもと だいすけ)

ストローケンデル先生の遺した言葉(2)

ストローケンデル先生の遺された言葉を紹介します(2)

ストローケンデル先生は、国際的には車いすバスケットボールの新しいクラス分けの
概念を提唱したことで有名ですが、亡くなる直前まで現場で指導を続けた指導者でした。

昨年ドイツを訪問したときに、先生に付き添って車いすスポーツの現場を見に行きましたが、
クラブに参加したばかりの初心者にマンツーマンで付きっ切りで指導している姿は
はじめてお会いした2004年の頃から全く変わらない姿でした。

Ohne Beziehung geht nichts!

Ohne Beziehung geht nichts!
信頼関係の構築なくして何かを成し遂げることはできない!

これは先生が指導者講習会でよく言っていた言葉です。
先生はスモールステップで成功体験を積み上げる指導法を長年かけて作られてきました。

しかし、指導者も人間である以上失敗することもあります。
また、より大きな成功体験を提供することを目的として「不安が伴う課題」に挑戦してもらうこともあります。

それはキャスター上げの指導であったり、水泳の指導であったりします。
そういった指導においては、指導者と生徒の間の信頼関係が不可欠です。

大学を退官した後も週に1回は肢体不自由障害児への水泳指導を行っていましたが、
その指導を撮影した写真からも先生がいかに信頼関係の構築を大事にしていたかが伝わってきます。

Dein Erfolg ist auch mein Erfolg.

Dein Erfolg ist auch mein Erfolg.
あなたの成功体験は私にとっての成功体験でもある。

「指導者にとって最も大事なことは、生徒の立場に立つこと」と先生は説きました。

これは「簡単だよという言葉を使ってはいけない」という先生の教えによく表れています。
目の前の生徒が、いかに指導者から見て簡単に思える課題に苦戦していたとしても、
「簡単だよ」という言葉で指導をしてはいけません。

なぜなら「その人にとってその課題が簡単ではないから」苦戦をしているためです。
「できないこと」が目の前にある人に「簡単だよ」という指導をすることは
「あ、この指導者は自分のことをわかろうとしてくれてない」という不信感につながっていきます。

生徒の立場に立ち、ともに課題を乗り越え、その成功をともに喜ぶ姿勢が、

Dein Erfolg ist auch mein Erfolg.
あなたの成功体験は私にとっての成功体験でもある。

という言葉には反映されています。

日本での講習会でのエピソード

2014年に先生に日本へ来てもらったときに行った車いすスポーツの講習会で
起こった信頼関係を大事にする先生らしいエピソードがあります。

僕も先生にならい、今でも日常生活用車いすで車いすスポーツの講習会を行っています。
これにはいくつか理由がありますが、それはまた違う機会に説明します。

日常用の車いすは競技用車いすとは異なり、転倒を防止するためのキャスターが付いていない
場合があり、そういった車いすは後ろ側に転倒してしまうリスクがあります。

だからこそ日常用車いすでのスポーツ機会は、日常生活で活用できる技術に直結するのですが、
「転ばないように」という指導は全く意味がなく、転倒しない操作技術の指導は不可欠です。

具体的には安全にバックして「止まる」技術の習得をしなければ、とっさにバックする時に
転倒してしまう可能性があります。

そのため、通常は鬼ごっこなどのゲームやボールを使ったゲームを行う前に、必ずバックの
練習をする必要があるのですが、たまたまその講習のときは、バックの練習を行う前に
鬼ごっこをやることになりました。

横で通訳をしていた僕も「バックをやってからの方がいいのでは」という話はしていたのですが、
先生の判断で鬼ごっこが継続して行われました。そして転倒事例が出ました。
特に頭を打ったりなどしたわけではなく(リスクの高そうな方は優先的に転倒防止キャスターが
付いている車いすに乗ってもらっており、リスクのあるものは比較的運動経験のありそうな若い方に
乗ってもらっていました)、大事には至らなかったのですが、その時に先生が一度ゲームを
止めて参加者を集めて次のような話をしました。

ストローケンデル先生が参加者にお願いしたこと

「皆さん、私は今、指導でミスをしてしまいました。

そして転倒した方には大変怖い思いをさせてしまいました。

大変申し訳ありません。

私は皆さんにとっての指導者としてここに立っています。

そして私は指導者への信頼というのは指導を行う上で大変重要なことであると考えています。

その信頼を、私は指導ミスによって損なう行動をしてしまいました。

でもこれからまた皆さんに信頼してもらえるように一生懸命指導をします。

私のことをもう一回信頼し、指導を受けていただけますか?」

指導者とはどうあるべきか、その理想像を追求し続けた

当時、そのあまりに真摯な言葉に驚きながら責任を持って通訳をしたことを覚えていますが、
参加者の方からの同意を得て、講習会は継続しました。

一つの成功が大きな意味を持つように、一つの失敗も大きな意味を持ちます。

長年の指導経験からその重みを知っていた先生が、生徒との関係性をどれだけ重要視していたかが
伝わるエピソードだと思い、ここに紹介させていただきました。

この記事を書いた人

橋本 大佑(はしもと だいすけ)
代表理事
筑波大学で障害児教育を学んだ後、渡独して現地日系企業(THK株式会社)に勤めながら障害者スポーツを学ぶ。2009年に帰国し、障害者の社会参加を促進するためのスポーツを活用した事業を実施。2016年より現職。国内外で共生社会や障害者スポーツ指導者養成に関わる講習を行う。また共生社会の実現に向けて企業を対象としたセミナーやコンサルタントも行う。
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