一般社団法人 コ・イノベーション研究所

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by 橋本 大佑(はしもと だいすけ)

新しいスポーツが生まれる瞬間

視覚障害のあるスケーター

6月11日にRedbullがYoutubeで動画を公開しました。

アメリカ在住のマンシーナさんがスケートボードをやっている映像です。

マンシーナさんは13歳で網膜色素変性症と診断されました。どんどん目が見えなくなる進行性の疾患です。
網膜色素変性症のようにどんどん見えなくなる病気の場合は、その過程で悩む方が少なくありません。
大学時代に視覚障害児教育を学んだときに、そういった不安、恐怖を伴う声を直に聞くことができた経験があって
今の仕事ができているように感じることは多く、こういった気持ちの問題はとても繊細な課題です。

マンシーナさんも、症状が進行する中で不安や恐怖からうつ状態になりました。
元々やっていたスケボーも辞めてしまいました。

自分が無力ではないことを示す

「障害者となったら、皆が自分に対して同情と哀れみを含む異なった関わり方をするようになった。だから自分が無力ではないことを示す必要があった」

ということに思いあたり、マンシーナさんは、昔やっていたスケートボードのトリックをするためのベンチを作る、という行動を起こした、ということをインタビューで応えています。そこからマンシーナさんは練習を積み重ね、動画で披露しているテクニックを身につけるにいたったわけです。では、なぜ無力ではないことを「示す」必要があったのか?

属性に対する偏見を打破するには事実を見せつけることも有効な手段

多様な人が混ざるスポーツでの事例

以前、風船を使ったバレーボールの指導を行っていたときに、片麻痺の方がたくさんいるチームに、電動車いすを利用する若者が参加したことがありました。そうすると、片麻痺の方々は、その電動車いすユーザーをみんなで囲んでサポートするようにプレーを行いました。

片麻痺の方の多くは立って歩けます。電動車いすユーザーは立って歩くことができない方で、上半身にも重い障害がありました。恐らく片麻痺の方々は「電動車いすを使用しているということは重度障害者である。だからサポートしてあげないといけない」という思い込みが生まれたのだと思います。それで、電動車いすユーザーの方を囲んでサポートするようにプレーをしたわけです。

そのサポートの精神は美しいですが、果たして実際にはどうなのか、ということを少し考えて見ます。

コミュニケーションをせずに思い込みで行うサポートは正しいのか?

風船はパスをするときには大体2.5mから3m程度の高さまで上がります。3m程度の高さまで上がった風船が手元の高さまで落ちてくるには約2秒の時間が掛かります。そのとき、ボールをレシーブするために片麻痺の方がどれだけその時間で移動できるか、というと、障害の重さにもよるのですが、全く動けない人、一歩踏み出せる人、ピボットターンで向きを変えられる人がほとんどで、よっぽど動きのいい人でも2歩が限界です。ということで2秒間で移動できる範囲は1m圏内です。つまりそれ以上離れたところに風船が飛んでしまうと、取りにいけないので、パスをつなぐには最初のポジショニングが大事になります。

対して電動車いすは時速6kmで移動することができます。計算すると2秒間あたりの移動距離は3.3mです。つまり、片麻痺の方々が取りにいけない大きく離れたパスをフォローできるわけです。そのためには、広く動けるスペースが必要で、みんなで囲ってしまうと、その移動能力が全く発揮できないことになります。特に、このプレーヤーは、普段電動車いすサッカー競技をやっており、非常に車いす操作の上手なプレーヤーでした。

プレー中にそういった状態に気づいたので、どうしようかと思いながらゲームの合間の休憩時間に、直接電動車いすユーザーのプレーヤーと話をしました。

「何でもっと動けるのに言わないの?」

と聞いたら

「いや、何かみんながサポートしてくれるのはわかるから言いにくくて・・・」

というような返答が帰ってきました。

本当は、新しい仲間が参加したときにはどういう風にプレーしようかと話すのがよいのですが、日本に帰ってきて本当に思いますが、「どうすればよいですか?」「どうしたいですか?」という言葉掛けをするのは大変難しいことです。

そこで、そのプレーヤーがどんなプレー能力を持つのかを見せ付ける(示す)ことにしました。

休憩時間に、マンツーマンでレシーブの練習をしたわけです。

具体的には僕が強く遠くに打った風船を、そのプレーヤーが電動車いすの速度を活かして拾う、
という練習を見せ付けました。

そうすると、次の試合から彼のポジションはみんなの真ん中ではなく、コートの後方のスペースを大きく使って、大きく離れてパスしてしまった風船をレシーブするポジションになりました。

このように望ましくない周囲の状況を改善するためには、自分がどこまでできるのか、何ができるのかを示すことはとても有効です。なぜなら多くの場合、偏見とは能力を実際よりも低く見積もることから始まるためです。

新しいスポーツが生まれる可能性

少し、話が横に逸れましたが、マンシーナさんが公開している動画では、スケボー以外のことをたくさんやっています。アイススケート、ダーツ、アーチェリー、ジェットコースターに乗っている映像もありました。恐らく、視覚障害者がやらないというイメージがあるものを積極的に行うことで、視覚障害者への偏見の打破、そして自分の周囲の人たちの認識・態度を変えたいと思ってやっている行動だと思います。

そういった中で、最初に紹介したスケートボードの映像にはとても感銘を受けました。そのとき、思ったのは、

「今、世の中に広く知られている障害者スポーツも最初はこうだったのではないか?」

ということです。ブラインドサッカーでは、目の見えない状態でサッカーをします。
これも、最初に始めた人は、周囲からは「危ない」と止められたり、「無理だ」と否定されたりしたのではないでしょうか?

その中で当事者が熱意を持って取り組み、それを周囲がサポートすることで、少しずつ積みあがってきた結果が
今、僕たちが見ているさまざまな競技だと思うのです。

そういったことから、この映像を見た最初の感想は

「あ、これ10年後に新しいスポーツになってるかもしれないな」

ということでした。

この分野においては、誰かが歩いたところに新しい道ができます。
オリパラを機に関心が高まる中、当人の熱意と周囲のサポートによって新しい道がたくさんできるといいなと感じています。

この記事を書いた人

橋本 大佑(はしもと だいすけ)
筑波大学で障害児教育を学んだ後、渡独して現地日系企業(THK株式会社)に勤めながら障害者スポーツを学ぶ。2009年に帰国し、障害者の社会参加を促進するためのスポーツを活用した事業を実施。2016年より現職。国内外で共生社会や障害者スポーツ指導者養成に関わる講習を行う。また共生社会の実現に向けて企業を対象としたセミナーやコンサルタントも行う。
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