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「ケイコ 目を澄ませて」を観ました(映画レビュー その3)

おすすめポイントその2

「文学的な映画表現がたくさんあります」

人間の感情は明確な言葉で説明できるほどシンプルではなく、怒りの裏に悲しみがあったり、さらにその奥には喜びがあったりと、複雑にミックスしています。だから映画などで登場人物がセリフや心の声で感情を説明すると冷めるんですよね。悲しい表情をすると同時に悲しい音楽が流れるようなシーンも同様です。

この映画では、主人公は音声で話すことをしないですし、普段から感情を露にすることもありません。でも、主人公が迷いながら、悩みながら生きていることは伝わってきます。その主人公の様子を見ることで勇気をもらう観客もいると思います。

そういった効果が出るようにこの映画では様々な仕掛けをしています(と僕は感じました)。

①16㎜フィルムでの撮影

この映画には原作があって、実際に聴覚障害のある女性ボクサーが書いた自叙伝がそれに当たります。そのため、当初はその女性ボクサーが実際に活動した1990年代という設定で撮影する予定だったようで、その時代感を出すためにフィルム撮影が採用される予定でした。そこから脚本が書き直され(原作要素は聴覚障害の女性ボクサーと言うこと以外はほとんど残っていないようです)、コロナがある現代が舞台になりました。それでもフィルム撮影することは変更されずに、この映画は撮影されました。

フィルム映画の何ともいえない良さが感じられる作品でした。だから、是非劇場で観てほしいです。この16㎜フィルム撮影による解像度の低さが、主人公の感情を読み取りにくくして(上手くぼかしていて)、観客による読み取りの幅を広げているように感じて、映画で伝えたいこととフィルム撮影という手法がマッチしているように感じました。

そして、この映画は主人公の感情を読み取る時間的余白を作ってくれている親切な映画です。どういうことかと言うと、何か外的な働きかけがあって主人公の顔がアップになると、その後で街中の背景を映したシーンがいくつか差し込まれます。そして、登場人物が出てくる次のシーンに移行するという感じです。

この背景シーンが差し込まれている時間に観客は主人公の表情や行動から何かを読み取ることができます。恐らく差し込まれているシーンにも何かを読み取るヒントがあるとは思うのですが、それは何回か見直さないと意味はわからないなと感じました。

そういった背景シーンがフィルム撮影であることから出ている雰囲気がとても良かったです。特にオープニングの雪のシーンだけでも劇場に行く価値はあると思います。

②文学的な表現が好きな人には特におすすめ

僕にとってこの文学的という言葉は「推察する余白」があるっていうことです。これは両腕のないミロのヴィーナスが何故美しいかというところにもつながるかもしれません。

この映画では登場人物の感情を読み取る要素が最低限に配置されています。

「なんでそんなことを言ったんだろう」

「なんでそんな表情をしたんだろう」

「なんでそんな行動をしたんだろう」

考えている間にシーンは進んでいきますし、明確な答えが提示されるわけでもありません。

また起承転結のあるストーリーに慣れている人にはもしかすると物足りない作品かもしれません。ものすごく盛り上がる演出が作中にあるわけではないですし、「そこで終わるの?」って感じがするエンディングに見えるかもしれません。

僕個人としては川端康成を思い出しました。起承転結のあるストーリーと言うよりは、そこに生きている主人公の生活を「ある起点から終点まで」最も美しく切り取っただけ、っていう感じです。

この映画も主人公が生きているリアルを「ある起点からある終点まで」切り取っています。その中に映画ならではの劇的な盛り上がりがあったり、まとめになるような終わりがあったりするわけでは全くありません。だからこそ、主人公は、自分の知らない世界に住む聴覚障害のあるボクシングをやっている女性ではなく、自分やこの世界にいる自分とつながりのある誰かではないかと感じ、共感できるのかと思います。

③音の使い方がすごい

この映画では音楽がほぼ使われていません。その代わり、自然の音が効果的に配置されています。字を書く時の音、ミットを打つ音、ステップの音、電車が走る音、街中の雑踏の音がすごく聞こえてきます。不思議な感覚ですが、主人公が聴覚障害であるという設定によって、自然とそういった音が耳に入ってきやすい状態になります。

音楽こそ使われていませんが、ミット打ちの音や、縄跳びをするときのステップの音など、背景にある自然音がリズムを刻んで音楽のように聞こえる瞬間があります。普段、映画やアニメを見ていると効果音や音楽が大きいので、こういった自然音を聞く心地よさってあまり体験できなくなっているのではと思います。

そういった意味でもこの映画の鑑賞は面白い映画体験だと思います。

実際の映画の本編映像がYoutubeに公開されています。ボクシングのシーンではないのですが、音楽がなく、自然音が聞こえてくるという演出は体験できると思いますし、フィルム撮影の良さもわかると思います。

 

外部リンク

岸井ゆきの主演、映画『ケイコ 目を澄ませて』リングを降りたボクサー・ケイコの等身大の日常シーン(本編映像)【2022年12月16日公開】 – YouTube

この記事を書いた人

橋本 大佑(はしもと だいすけ)
筑波大学で障害児教育を学んだ後、渡独して現地日系企業(THK株式会社)に勤めながら障害者スポーツを学ぶ。2009年に帰国し、障害者の社会参加を促進するためのスポーツを活用した事業を実施。2016年より現職。国内外で共生社会や障害者スポーツ指導者養成に関わる講習を行う。また共生社会の実現に向けて企業を対象としたセミナーやコンサルタントも行う。
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