大学入試共通テストの問題文をなぜ紹介したか
COIL | コ・イノベーション研究所 | 大学入試共通テストの倫理・社会・経済の問題文がバズってるので紹介します。
の続きです。
朝の投稿の補足ですが、何で能力主義やエイブリズムに関わる内容を投稿するかと言うと、障害の持つ意味が時代、世代によって変わると考えているからです。
先天性の障害のある方、中途で障害者となる方が、障害と向き合っていくときには社会の状況は大きく影響すると思っています。
昨年タイに訪問する前にタイの障害者の状況に関するJICAのレポートを読んだら、そこには「敬虔な仏教国であるタイにおいては因果応報の考え方があるため障害者の置かれている状況は厳しい」と書かれていました。
冗談ではなく事実として、日本でも平安時代には村にいる障害者の数に応じて税金の減免制度がありましたが、庶民に仏教が布教した鎌倉時代以降はそういった記録がなくなります。その因果応報の考え方は少なくとも約1000年日本に根付いた思想ですよね(本来の仏教における因果応報の考え方は、あなたの障害は今世、または前世の悪行によるものであるというようなものではないですが、この間違った考え方が国内外でも根付いています)。
この因果応報とともに1000年歩んだ日本だからこそ、障害のある人は能力が低く、税金を払うより多くの福祉サポートをもらっているから努力しろというエイブリズムの考え方が根付きやすいと思うのです。
これだけ、生まれ持った能力や努力によって何がしかの価値提供を家族や会社、社会に対して行うことで自己の存在肯定ができる時代において障害があるということが持つ意味は、一部の好事例が光を伴って報道されるのに対して、よりネガティブな方向にシフトしていくのではないかと思います。
僕がずっと関わってきた現場は医療と地域の間で、障害受傷後にまだきっかけが掴めていない人とたくさん関わらせていただきました。年代層としては、今の時点で30代~60代くらいの方が多かったです。でもこれからは、このさとり世代と言われる世代の方と接することも多くなってくると思います。
世代に対してステレオタイプなイメージを持つこと自体はあまり良くないと思うのですが、いつか関わる機会があるときのために、傾向として現在の社会の状況を知っておくことは重要と思います。